<社会貢献>第8回みらいバスで浪江町に行ってきました(5/15)

5月15日(日)、第8回みらいバスとして、「“ふるさとなみえ”再生にむけた歩みを知る~農業・田植え体験をとおして~」をテーマに、学生・職員20名で、浪江町を訪問しました。

今回のみらいバスは、浪江町が行う水稲の実証栽培に向けた田植えに参加をしました。福島大学生18名のほか、東京大学や早稲田大学、日本農業経営大学校、新潟大学の学生なども参加をし、地元の方々も含めると70名近くの方々が、浪江町の酒田地区に集まりました。

東日本大震災及び東京電力福島第一原子力発電所の事故により、現在も町内全域が避難指示区域に指定され、全町民が避難生活をしている浪江町。原発事故後、酒田地区での実証栽培は今年で3度目。浪江町では、放射線物質の濃度が全量で基準値以下だった昨年に引き続き、収穫米の一般販売をめざしています。

学生たちは、田んぼに素足で入り、地元の方々から手植えのコツを教わりました。手植えが初めての学生もいましたが、農業の機械化がすすみ、地元の農家さんも「手植えはひさびさ」とのこと。
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農家さんたちは、「こんなに多くの地元の人、見たのは本当に久しぶりだ」と笑顔で話をしていました。手植えをしていた昔は、農家さん同士が集まって協力をしながら行っていました(これを、地元の方は「ゆい」と呼ぶそうです)。しかし、機械化がすすみ、農家それぞれで田植えをするようになり、さらに原発事故による避難で、地元の方々が集まる機会が減り、つながりが薄れていた、といいます。
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手植えを終えた後は、地元の方々も学生もみんな笑顔。原発事故後、浪江町のこの場所で人の顔が見え、にぎやかな一時を過ごしたことは、地元の方々にとっても、学生にとっても大きな意味があったのではないかと思います。
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田植え後は、浪江町の宮口副町長と地元の方とともに浪江町をめぐりながら、震災・津波・原発事故の影響を受けた、浪江町の現状を目の当たりにしました。浪江町駅前や津波の被害を受けた沿岸部をバスでまわった後、大平山にある請戸地区の共同墓地を訪れました。これから防波堤や堤防、防風林を整備するという浪江町の沿岸部。現在は海が見えていますが、整備された後はまた違う景色になっているだろう、と地元の方は話していました。
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浪江町では平成29年の一部区域の避難指示解除に向けて、整備が進められていますが、駅前の商店街や解除後の公共交通機関の整備、学校の再開など、どの分野においても課題が多くあると痛感した時間となりました。

最後は、NPO法人Jinを訪問し、集まった大学生で浪江町に来て感じたことを出し合い、「大学生にできることは何か?」を考えました。ワークショップを進行した早稲田大学の学生たちは、昨年から、就農体験やワークショップを通し、浪江町が花を活用した事業を実現できるための活動をすすめてきました。また、NPO法人Jin代表の川村さんには、「浪江町の花がほしい」と言われるくらい、浪江町の花をブランド化したい、農業で若者が食べていけるまちにしたい、という強い思いがあります。それを受け、学生たちは、「住民の方々が本当に望んでいることをまずはしっかり聞いていきたい」「福島県民として復興に携わりたい」と、意見を交わしていました。
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川村さんは最後に、「こんな学びの場はない、ピンチをチャンスに。経営も学べるし、哲学も学べる。種を蒔かないと実はならないと説く人ではなく、種を蒔く人材が被災地には必要です」と、学生たちに強いメッセージを送ってくださいました。
みらいバスで浪江町を訪れたのは、今回で2回目。みらいバスに限らず、今後も継続的に浪江町に訪れ、浪江町をさらに深く理解し、実際に行動にできる機会をつくっていきたいと思います。

<学生の声>
・私たちのような若者が現地に行くことで、地元の方が集まる機会になり、笑顔になることがわかった。
稲刈りにまた行きたい。
・「全てを失ったからこそ、一からまた自分たちでつくっていける」
「人がいないところで何かを始めるなら農業だ」という言葉が印象に残った。
・特別な活動をしなくても、私たち学生が足を運ぶことがサポートの第一歩になることを学んだ。
・共同墓地からみた光景が忘れられない。これをふまえながら、福島や浪江町の学習を深めたい。
・これからもサポーターとして、浪江町に関心を持っていきたい。もっと自分で調べてみたい。 など

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